芸術に触れたときの感動を忘れないためのブログ
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最近は専らキンセラ兄弟の関わったバンドのCDを聴いている。彼らの活動は本当に面白い。
これは弟のマイク・キンセラがCAP'N JAZZ解散後に組んだamerican footballというバンドの唯一のアルバムだ。マイク・キンセラの若い声に何より感動した。彼がボーカルを取ったのはおそらくこのバンドが最初だが、最初からこんなにも歌心あふれるボーカリストだったのかと思うと、驚きだ。
1曲目の「never meant」は大好きだ。彼がOWENとして活動を始めてからも演奏されているようだが、それだけ思い入れのある曲なのだろうか。この曲のイントロを聴くと目の前に曇り空が広がっていくように感じる。トランペットのメロディーが郷愁を感じさせる2曲目「the summer ends」や4曲目「for sure.」もいい。
ギターのアルペジオが全編を通して美しくとても印象的だが、それは現在のOWENの曲までずっと通じているものだと思う。だから彼の特徴はこのアルバムにすでによく表れているのだ。OWENのファンは絶対聴いたほうがいいと思います。
american football 「never meant」
テーマ : 洋楽 - ジャンル : 音楽
タグ : owen americanfootball joanofarc

卒論そっちのけで最後まで読んでしまった……。
ジャック・ケッチャムは、「胸クソ悪くなる小説を書かせたら右に出るものはいない」と評判の小説家である。そして、「面白いからこれ読んでみてよ」などと気軽に人に勧めることが絶対にできない小説家でもある。
僕はこれで3冊目(『オフ・シーズン』、『老人と犬』、そしてこの『地下室の箱』)だが、未だにケッチャムの世界に慣れることができない。今回もやっぱり胃がキリキリ痛んで、吐き気をもよおした。でも主人公の運命が気になって、ページをめくらずにはいられない。
ケッチャムを読むことは本当にスリリングな体験だと思う。主人公の置かれた状況が少しでも良くなるように祈りつつ(でもそれが無理なのは分かっている)ページをめくるが、そこには思った通り、いやそれ以上に最悪な展開が繰り広げられるのだ。そしてその度に読者は衝撃を受ける。じっさい、読んだ後はかなり疲れるし、最低最悪な気分になる。「こんなもん、読まなきゃよかった…」っていうセリフはケッチャムの小説のためにあるようなものだ。
でもだから彼が狂った人間かといったらそうではない。彼がとても人道的な立場から小説を書いていることは明らかだ。そこが単なるスプラッター小説にはない深みを作品に与えているのだろう。
テーマ : 文学・小説 - ジャンル : 小説・文学
タグ : ジャック・ケッチャム 地下室の箱

ここ日本でHefnerというバンドを知っている人が何人いるだろうか。今ではすっかり忘れ去られているかもしれない。でも本当に素晴らしいバンドだ。
このバンドの音と出会ったのは今年に入ってからのこと。新潟市にあるアールストックという中古盤屋で流れていたのを聴いて、ああいいな、と思った。そのときは買わずに帰ったのだが、その音がどうにも忘れられなくて、次に店に行ったときに買ったのだった。
僕が何より惹かれたのは、トム・ヴァーラインを思わせるボーカルとカチッとしたギターの音、そしてそんなエッジの効いた音があるにもかかわらず全体的にはなよなよとして冴えない雰囲気がかもし出されているところだ。
大まかに言えばギターポップということになるのだろうが、多くのギターポップのバンドが表面的でわかりやすいポップさしか表現できないのに対して、このHefnerは地味ながらもじんわりと心に沁みるメロディーを持っている。
1stアルバムであるこの『Breaking God's Heart』は雑然としている感じはあるが、その才能を思い知らせるには十分な魅力を秘めている。4曲目の「Love Will Destroy Us in the End」は1度聴いたら忘れられない名曲である。
彼らは今では解散し、ボーカルのダレン・ヘイマンがソロで活動している。最近発売されたダレンの2ndアルバムを試聴してみたがこれも素晴らしいものだった。近いうちに購入してじっくり聴いてみたい。
テーマ : 洋楽 - ジャンル : 音楽
タグ : Hefner ヘフナー

けっこう前に読み終えた、おなじみウエルベックの最新作。
この小説は「ネオ・ヒューマン」と呼ばれるダニエル24とダニエル25が、現代とほぼ同じ時間を生きていると思われるダニエル1の人生記に注釈を入れるという形式で進んでいく。
あらすじを詳しく述べるとこれから読む人の妨げになるので書けないが、ウエルベックの書くSFっぽい話はやっぱり面白いなあと思った。後半のダニエル25の彷徨と、その最後に描かれる光景は、なんだか荒涼としていて胸を打つものがあった。そして、ウエルベックは一貫して「愛を強く求めながら、それが叶わない」男たちを描いているが、その彼らを一人称と未来の「ネオ・ヒューマン」の視点の三人称から描いているところが何より新鮮だ。
訳者の中村佳子さんがあとがきで述べているが、『ある島の可能性』は『素粒子』の空白を埋めるような作品だ。だから、『ある島の可能性』を読んだ後はもう1回『素粒子』を読み返したくなる。
はっきり言ってしまえば、ぼくは『素粒子』のほうが断然面白いと思う。『素粒子』の壮大なスケール感は感動的だ。主人公についても、『ある島の可能性』のダニエル1より『素粒子』のブリュノのほうがもっとダメ人間で、面白い。『ある島の可能性』も、十分面白いんだけどね。
卒論を書き終えたら『素粒子』をまた読み返してみよう。
テーマ : 小説 - ジャンル : 小説・文学
タグ : ミシェル・ウエルベック ある島の可能性 素粒子

1週間程前に石丸電気で購入。
チェリビダッケの『展覧会の絵』といえば今年の4月にも
ライブ録音盤が発売されたが、それは結局聴かないまま今日まで来てしまった。
東芝EMIから出ているこのCDは部活の倉庫にも置いてあるのだが、このど迫力のジャケットだけでも十分買う価値はあるね!
ど迫力なのはジャケットだけではない。これは93年にミュンヘンで行われたコンサートのライブ録音なのだが、やはり聴衆を前にしないで行われる録音とは演奏者の気迫や緊張感が違うと思うのだ。聴衆の盛大な拍手や曲間の咳払いが、CDを聴くものの気持ちを高めてもくれる。そして何よりチェリビダッケの精神が曲の隅々に溢れ返っているのだ。カラヤンやゲルギエフなどの『展覧会の絵』も聴いてみたが、チェリビダッケの前には、その魅力も霞んでしまう。僕にとってはチェリビダッケの『展覧会の絵』が最高の演奏だ。
「グノーム」や「バーバ・ヤーガ」の迫力は尋常ではない。グロテスクな生き物がありありと頭の中に浮かんでくる。「ビドロ」の足取りはあまりに重く、「死者とともに死者の言葉で」はとても美しい。
そして、「キエフの大門」には祝福の光が溢れている。聴いているとまるで神聖な体験をしているみたいだ。聴くたびに感動して、大量の涙が勝手に流れてくる。初めて聴いたときなんかはちょうど御飯を食べていたから、茶碗に涙がこぼれて大変だった(汚くてすみません)。
1曲1曲を挙げていけばきりがないが、とにかく最初から最後まで鳥肌は立ちっぱなしである。こんなにも感動させられる演奏は、久しぶりに聴いた。
チェリビダッケの演奏は、なぜこんなにも「遅い」のか?僕自身その理由がよく分かっていないが、それはこの指揮者の精神の表れなのだろう。これからもっとよく調べてみることにする。
ギター部員の皆さん、定演ではいい演奏をしましょう!
テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽
タグ : チェリビダッケ 展覧会の絵 ムソルグスキー
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